凛とした日本の旗印

★ 目 次 ★
人生の原風景
先祖先達に学ぶ
世の中は役割分担
『大和ごころ』
教育は家庭から
『國體の本義』
「修身書」の活用
ARNKAメール報
(拉致関連@チェンマイ)
AVの愉しみ
管理人の日記
クロ仲間放送局
海外旅行記
掲示板(bbs)


当サイトへのお問い合わせ先↓

master@kuro-net.org



★ やまとごゝろ ★

★ 日本人の心情
 「大和心」(やまとごころ;大和魂に同じ)とは、古来から日本人が持つ、心情的特性を表した言葉です。広辞苑では、『日本人の持つ、やさしく、やわらいだ心情。』と記されています。同じ意味でありながら、「大和魂」と言えば、とかく戦争に明け暮れた時代を想像して、負の遺産と考える人も、少なくないようです。確かに、「大和魂」を戦前の軍部が利用したのは、事実であったかもしれません。だからといって、誰が「大和魂」に罪をかぶせられるのでしょう。そこには、明らかな誤解があります。
 日本の古称「大和」が示すとおり、争いを好まず、優しく、和らいだ、平穏な暮らしを志向するのが、本来の日本人の姿です。ただし、その安寧を破らんとする外敵が現れた場合には、勇猛に戦う心意気を秘めるという、別の側面を持つことに注目しなければなりません。軍部は、まさにこの点を利用したわけです。いざというときには、決死の覚悟で応戦する「勇気」があればこそ、やさしく、やわらいだ心情が護られ、はじめて活きてくるのです。

 戦後の日本人に欠けているものがあるとすれば、この「勇気」ではないでしょうか。似非平和論者は、不戦こそ平和の手段であるかのように思い違いして、あるいは確信犯的に、「大和魂」を貶めています。世の中は善人の集まり、というのが彼らの論理前提です。ところが、現実には邪悪な人物や国家があって、既に論拠は破綻しています。それに、彼らは不戦主義者ですから、修羅場ともなれば、真っ先に逃げ出すに決まっています。弱虫な卑怯者に過ぎません。弱虫なら弱虫らしく、自分たちに代わって護ってくれる自衛隊に感謝するのが、常識というものでしょう。それさえできない彼らは、まさに天に唾する人たちなのです。

卑怯者の論理に騙されてはなりません。

★ 「大和心」の源流
 「大和心」という言葉は、「大鏡」に登場しますから、平安時代には、すでに存在していたことになります。発祥時期については、詳しく調べたことがないので、わかりません。ごめんなさい。
 有名になったのは、なんといっても、江戸後期の国文学者本居宣長(もとおりのりなが)が詠んだ、この三十一文字からでしょう。

     敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂う 山桜花

 情景が目に浮かぶような、格調高い歌です。一瞬を光り輝いて、潔く散っていく、という「大和心」の心髄を見事に表現しています。本居宣長を知ったのは、小学校高学年の頃です。「松阪の一夜」という修身書の一節でした。この歌はでてきませんが、若き宣長の会談相手、江戸の老学者賀茂真淵(かものまぶち)が、偉ぶらない態度で接している場面を、鮮明に憶えています。

 「大和心」「武士道」に結びついて、武家社会の規範形成に関与してきたのは、言うまでもありません。さらに、実は、庶民生活にも深く関わっています。「和歌」は、天皇から庶民まで、多くの人が詠んでいますし、「茶道」「華道」「書道」といった形の文化を生み出し、「美術」「音楽」などの芸術から、庭師や刀剣師、宮大工ら職人にいたるまで、多方面に影響を及ぼしてきました。共通して、その底流にあるものは、「もののあわれ」であり、「わび」「さび」の世界です。そして、第三章で述べた「武士道」の価値観と同じものです。明治の御代になって、西洋文明崇拝の風潮を憂慮された明治天皇は、「教育勅語」を発せられ、「大和心」のエッセンスとも言うべき「人生の教科書」が、ここに誕生したのでした。

★ 心情の象徴「三種の神器」
 「三種の神器」(さんしゅのじんぎ)とは、歴代の天皇が皇位のしるしとして受け継いだとされる三つの宝物、のことです。三つの宝物とは、八咫鏡(やたのかがみ)・草薙剣(くさなぎのつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、を指します。草薙剣は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)とも言われることがあります。現在、八咫鏡は伊勢神宮に、草薙剣は熱田神宮に、八尺瓊勾玉は宮中に、ご神体として安置されているそうですが、よく知りません。もともと、神話の世界のことですから‥‥。

 ところで、この「三種の神器」が、日本人の心情(「大和心」)を象徴しているのではないか、と勝手に思い込んでいます。裏付ける資料など、どこを探しても、見つかりません。それでも、宝物であるからには、深い意味が込められているに違いない、と考えてしまいます。自分なりの解釈では、次のとおりです。

        八咫鏡    = 「至誠」(まごころ
        草薙剣    = 「勇気」(ゆうき
        八尺瓊勾玉 = 「仁愛」(やさしさ

 いずれも、先人が大事に護ってきた「大和心」そのものです。勾玉が宮中にあるというのも、国民に対する皇室の慈愛を象徴しているかのようです。三つが備わってこそ、はじめて「大和心」なのです。どれが欠けてもだめで、必ず三位一体でなければなりません。最初の項で、現代日本人は、「勇気」を失いつつあるのではないか、と記しました。これがないと、せっかくの「至誠」・「仁愛」も死んでしまいます。この心配が、まったくの杞憂であることを願ってやみません。

「勇気」「大和心」の核心です。

★ 「勇気」をつかむ
 日本人なら、生まれながらにして、「大和心」の三本柱とも、遺伝子に組み込まれています。このうち、「まごころ」「やさしさ」は、成長するにつれて、自然に、顕在化してくるはずです。もちろん、度合には、個人差があります。しかし、「勇気」は、安定した暮らしの中で、頭でっかちになればなるほど、逆に後退していきます。世の中の「恐怖」がわかってきて、自分の身が可愛くなる(保身する)からです。

 第一章で先生が言われたように、「勇気」を得る方法は、教えられるものではなく、自分でつかむしかありません。まず、「恐怖」を克服することが先決です。この「恐怖」が、「勇気」を阻んでいるのです。
 世の中には、さまざまな「恐怖」があります。怖いものの例えとして、「地震」「雷」「火事」「親父」とよく言われます。「親父」はともかく、いずれも不意に襲ってくるからです。だから、「備えあれば憂いなし」で、備えておけば、恐怖心は和らぎます。人間は「死」を最も怖れますが、みんなやがて死んでいくわけですし、時期が早いか遅いかの違いだけです。したがって、死ぬより怖いもの、あるいは大切なものがあるなら、そちらをより恐れます。子供に危害が及びそうなとき、母親が、わが身を投げ出して、助けようとするのは、そのよい例です。母性本能の側面もありますが、子供は生き甲斐であり、自分の命よりも大切なもの、だからです。子供より御身第一の、利己的な母親だったら、そんな危ない真似はできません。どちらが「人の道」に沿った生き方か、明らかでしょう。

 「勇気」を手に入れるのは、意外に簡単です。誰からも教わらず、独力で、「自転車」「スキー」「スケート」「水泳」等が、できるようになった人がいたとすれば、もう半分コツをつかんだも同然です。うまく表現できませんが、「勇気」をつかむ瞬間も、これに近いと思います。自転車、スキー、スケート初心者は、ころびたくない、という思いが、まず先にたちます。水泳なら、溺れたくない、と考えます。そして、できるようになった瞬間、ころんでもいい、溺れてもいい、もしくは無心になっていませんでしたか。もうどうなってもいい、と開き直って「恐怖心」を克服できましたね。ころぶ、溺れることに対して、「勇気」を持ったからこそ、できるようになったのでした。

「勇気」は心に宿る問題です。自分でつかむしかありません。

2006年2月22日更新